糺の森コラムColumn

Vol.

林床植物のレフュージア ~糺の森~

大文字山の火床から京都の街を眺めると、白く見える市街地の中に、緑の島が点在しているのがよく分かります。近くには真如堂・金戒光明寺周辺の緑地や吉田山、少し遠くに目を向けると京都御苑が見えます。北西方向に見える細長い緑の島が下鴨神社糺の森です。このように、山などの連続した森から離れて、島のように点在する林や緑地を、孤立林や孤立緑地と呼びます。孤立林や孤立緑地は、街の景観のアクセントとなり、人々の憩いの場になります。また、街に住む生き物にとって重要なすみかとなっています。

私は約二十年前の二〇〇三年から二〇〇四年にかけて、京都の街の十四カ所の孤立緑地を巡り、そこに生える草の種類をすべて記録しました。十四カ所の孤立緑地のうち、十二カ所は神社で、そのうちの一つが下鴨神社でした。草というと、花壇やプランターなどに植えられた園芸植物を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。私が調べたのは、植えられた鑑賞用のお花ではなく、林の中や参道に自然に生えているあまり目立たない草たちです。そのような草の中には、春や秋などの決まった季節にしか姿を見せないものもあります。そこで、調査を許可して頂いた孤立緑地で、全域を一年間に五回ほど歩かせていただいて、見つけた草の名前を調べました。

下鴨神社にもご許可を頂き、全域を調べさせていただきました。神社では、林と参道・園路では明るさや落ち葉の量などの環境がかなり違います。そこで、林と参道・園路を分けて、それぞれに生えている草を調べました。

十四カ所の孤立緑地を調べたところ、林では二三〇種類、参道・園路では三〇二種類が見つかり、林と参道・園路のどちらにも生えているものもあったので、合わせて三七六種類の草を見つけることができました。下鴨神社では、林で一九一種類、参道で一四八種類、合わせて二一六種類でした。

孤立緑地では、面積が大きいほど、そこに住む生き物の種類が多くなることはよく知られています。また、孤立緑地の生き物は、小さな緑地で見つかる生き物は大きな緑地でも見つかるという、入れ子状の分布をしていることが多いです。そのため、ある地域で、孤立緑地の生き物の分布が完全な入れ子状である場合は、一番大きな面積の緑地をひとつ保全すると、理論上は地域の生き物をすべて守ることができると言えます。京都の十四カ所の孤立緑地の林と参道・園路の草の分布は、完全ではありませんが基本的には入れ子状でした。

私が調べた十四カ所の孤立緑地のうち、下鴨神社は一番面積が大きく、特に林の面積が大きいことが特徴です。下鴨神社では、十四カ所の孤立緑地内の林で見つかった二三〇種類のうち、一九一種類が確認されています。すなわち、下鴨神社糺の森をしっかりと守ると、京都の孤立緑地の林に生える約八割の草を守ることができると言えます。

また、面積の大小によってそこにすむ生き物の種類が変わります。小さな林は、周辺の都市環境からの光や熱、風の影響を受けやすく、林全体が乾燥した状態になりやすいです。一方で、大きな林の内部は周辺の都市環境からの影響を受けにくく、少し暗く湿潤な環境が生じます。そのため、大きな林の内部には湿った環境を好む草が生育できます。下鴨神社でも約二十年前にはタシロラン、ノシラン、オオハンゲといった、京都府のレッドリストに記載されている希少な林内を好む草を記録しています。

私は現在、大阪に住んでいるので、なかなか下鴨神社を訪れることはできません。このコラムのお話を頂いて、久しぶりに糺の森を散策しましたところ、復元された旧奈良の小川の付近で、林内を好む草であるキチジョウソウとヤマアイに再会しました。糺の森では、小川が流れていることも、林内を好む草の生存にプラスの影響を与えているのだろうと思います。

一方で、京都の山々ではニホンジカが増えて、林床のササや草が食べつくされてしまっています。山から離れた場所に位置する下鴨神社糺の森は、林内を好む草にとって、ニホンジカの採食から逃れるレフュージア(避難場所)と言えるのかもしれません。

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今西 亜友美

近畿大学 総合社会学部 教授

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