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糺の森について

史跡糺の森
国宝賀茂御祖神社(下鴨神社)の保全のために

文化や文明は、それぞれの国や地域の人々によって受け継がれ、はぐくまれて次代へつながれ、次代の文化として伝えられます。
その文化と文明の賜物を次代へ伝えるためにも、都市の森林は極めて重要な役割を担っています。都市における森林は、大気の浄化を助けて環境を守るだけでなく、豊かな森の営みや季節の風景は人々の心身を癒し、子どもたちには森の生き物たちの営みや自然のしくみを学ぶ場となります。また、お年寄りはじめ、多くの人々に森は健康や生き甲斐づくりの場を提供するなど、人の暮らしに寄り添う森は、人々の心身と暮らしを快適で健康にするだけでなく、町の潤いと美しい景観を守ります。
紀元前3世紀ごろの原生林と同じ植生が今に伝えられる「糺の森」は、貴重な都市の森林として国の史跡であるだけでなく、国宝2棟、重要文化財53棟、重要社殿30棟など歴史的建造物を数多内包し、ユネスコの『世界文化遺産』にも登録される文化の森。この貴重な世界遺産「糺の森・国宝賀茂御祖神社」を保存し、次代につなぐことは、我が国の文化と環境を守ることはもちろん、都市における自然環境保護につながると考えております。


史跡 糺の森

太古の自然を遺す森

糺の森は、縄文時代から生き続ける広さ3万6千坪の森。国際文化都市・京都の中心に位置し、その昔は150万坪にも及んでいたと伝えられています。ケヤキ、エノキ、ムクノキなどの広葉樹を中心に、古代・山背原野の樹林を構成していた樹種が自生。樹齢6百年から2百年の樹木が約6百本にも数えられ、森林生態学、環境学などの学術分野からも、たいへん貴重な森とされています。


人の心を伝える森

糺の森には瀬見の小川や奈良の小川など、四季折々の美で人の心をとらえてやまない名所があります。奈良・平安時代より、数々の詩歌管絃、物語にもうたわれてきました。『源氏物語』須磨の巻では、光源氏が、

憂き世をば、今ぞ別るる とどまらぬ 名をば糺の 神にまかせて

と都を離れる想いを詠んでいます。
神秘の森として敬われてきた糺の森は、人の想いも伝え続けてきたのです。

国宝 賀茂御祖神社

2千余年の時を超えて

糺の森は、縄文時代から生き続ける広さ3万6千坪の森。国際文化都市・京都の中心に位置し、その昔は150万坪にも及んでいたと伝えられています。ケヤキ、エノキ、ムクノキなどの広葉樹を中心に、古代・山背原野の樹林を構成していた樹種が自生。樹齢6百年から2百年の樹木が約6百本にも数えられ、森林生態学、環境学などの学術分野からも、たいへん貴重な森とされています。


人の心を伝える森

糺の森の最北の、厳かで雅やかな平安時代の国風文化を漂わせる美しい社殿群。国宝「賀茂御祖神社」は賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)とその御子の玉依媛命(たまよりひめのみこと)を御祭神とし、その起源は遥か太古にさかのぼります。社殿に関するもっとも古い記録は、『鴨社造営記』にある、崇神天皇7年(紀元前90年)に瑞籬の修造を行ったという記述です。以降、たびたび社殿は造り替えられ、長元9年(1036年)には、21年ごとに社殿を造替する、式年遷宮の制度が設けられました。以来、平成27年には34回を迎えます。この制度により当時の技術が正確に伝承され、現代でも平安時代さながらの美しい建築様式を見ることができるのです。