Vol.13
三つ子の魂を百までつなぐ粋場(すいば)・糺の森
◇人との縁をつなぐ森
皆さんは、御室の仁和寺に「九所明神」が祀られているのをご存知だろうか。仁和寺の伽藍を守る鎮守さまとして寛永年間に建立されたもので、現在国の重要文化財に指定されている。本殿・左殿・右殿の三殿に合計九座の明神が祀られており、その中の東側左殿に賀茂下上社が勧請され鎮座されている。奇しくも、このお社をお参りしていた時に、前回の原稿依頼があった。不思議な縁を感じてお引き受けしが、さらに縁があって、書き余した原稿を続編として書かせて頂くことになった。
「わたしゃお多福、御室の桜、はな(花・鼻)は低くても、人は好く」という都々逸にも詠われ、背丈が短いため花の位置が低いので、お多福桜と呼ばれている御室桜で有名な仁和寺は、下鴨神社と同様に皇室と関係が深く、また時代劇映画の撮影場所としても知られている。
昨年の正月映画として封切られた綾瀬はるかと堤真一主演の元OLと織田信長との本能寺の変の奇妙な遭遇を描いた『本能寺ホテル』も、仁和寺と下鴨神社糺の森の両方で撮られた作品である。劇場映画に限らずテレビドラマも含めれば、この両者で撮影された作品は数限りない。
◇三つ子の魂をつなぐ粋場としての森
我が家の前に糺の森が広がっている環境で育った私は、小さい頃より森で遊び、森に学び、森に育てて貰ったような気がしている。子供時代を昭和30年代に過ごした私は、自分だけが知っている特別な秘密基地を京言葉で「すいば(粋場・好い場)」と呼んでよく遊んだ。井之口・堀井両氏の『京都語辞典』によれば、「自分ひとりだけで遊ぶ場所」とある。
私は糺の森にある木に登ることが出来て、ゲンジ(クワガタ虫)やブンブン(黄金虫)等の昆虫が捕れる粋場と糺の森で撮影がありその俳優達が出入りしていた下鴨宮崎町にあった松竹下加茂撮影所に粋場があった。大人になってからも虫好きで映画好きだ。森の色んな生物との出会いが大学の理学部生物学科で学び、その後の長い年月を高等学校での理科生物教員としての生活に繋がった。また月に2本、年間にして20本以上の映画を観る趣味の世界に繋がっている。小さい時の粋場の思い出が、職業や趣味に影響を与えた。三つ子の魂百までかなと思っている。
◇時代劇映画撮影の森
子供の頃は、長い期間大掛かりなセットを組んで、森では夜も撮影されていた。投光器で照らされた森は煌煌と輝き、その明るい光の色で撮影しているのがわかった。前回好評を博したチームラボの「糺の森の光の祭」が8月17日から二週間余り行なわれた。暗い森が光り輝く光景は、大勢の人たちの心にそれぞれの灯をともしたことだろう。私の心には、華やかかりし映画全盛時代の森を思い出させた。
◇長谷川一夫と高田浩吉の森
下鴨に松竹の撮影所があった関係で、多くの映画俳優が下鴨の地に住んでいた。死後俳優初の国民栄誉賞に輝いた銭形平次の長谷川一夫も、林長二郎の芸名で下鴨松原町に住んでいたし、初代歌う映画スターと呼ばれた高田浩吉も下鴨宮崎町に住んでいた。卒業はしなかったが娘の高田美和(梶浦美知子)も下鴨小学校に通っていた。田中絹代も撮影所に入るのに、葵橋を渡らず賀茂川を素足で渡ったと聞く。山田五十鈴は撮影所が火事になった時、率先してバケツリレーで消火活動を助けたと聞いた。無声映画の大スター目玉の松ちゃんこと尾上松之助は、京都府に多額の慈善事業費を寄附したことと映画の貢献を加味して賀茂川高野川合流点の三角州葵公園に銅像が立っている。ある時代の映画を支えた下鴨には、埋もれたエピソードが山ほどある。
◇下鴨風土記研究会を見守る森
昭和38年に京都で戦後初の鴨川ボウリングセンターが、賀茂川沿いの撮影所跡地に出来た。往年の映画スター達が、森での撮影の合間に出入りしていた。我が家のすぐ西側裏手に当るので、当時アメリカからやって来たというボウリング場に足を踏み入れて、子供心に観たこともない風景に、もの凄く驚いたのを覚えている。
あと少しすれば下鴨に撮影所があったことも、ボウリング場があったことも忘れ去られてしまう。その存在を知っている我々が、いま何らかの形で残し伝えていかなければならない。そこで、下鴨周辺にある次代に伝えていかなければならない、埋もれたものを掘り起こそうと地元有志が集まり「下鴨風土記研究会」を昨年立ち上げた。今年10月13日土曜日午前10時より、撮影所跡近くの下鴨小学校にて、第1回目の研究発表会を企画している。興味のある方は、ぜひ足を運んで頂きたい。
◇元気で長生きできる森
社会的なつながりが弱い人は、要介護率や死亡リスクが年齢や病気を考慮しても、そうでない人に比べて約1・7倍高いという調査結果を、筑波大学などの研究チームがまとめて、今年6月の日本老年医学会で発表した。歳と共に自然と、社会的なつながりが薄れていく。こんなときこそ、糺の森をぶらりぶらり散歩して、森に居られる賀茂の神々を身近に感じることこそ、心身の活力を保ち元気で長生きする要因になると信じている。彌栄
(下鴨神社総代・下鴨神社京都学問所理事 小松 明)
平成30年10月1日