糺の森コラムColumn

Vol.2

糺の森に眠る祭祀跡

史跡糺の森には、元気な若木のほかに数百年の歳月を経ているのではないかと思われるような老木もあり、訪れた者にこの地の長い歴史と変遷を感じさせる。また境内を流れる清流や桧皮葺の建物を見るとき、ここが神の居ます神聖な空間であることを改めて認識させる。

このような糺の森の地下には、いつしか地上から消えてしまった文化財が包蔵されている。地下に埋もれている文化財(埋蔵文化財)は、文献史料とは違った歴史情報を私たちにもたらしてくれる。

糺の森における埋蔵文化財の調査は、境内の整備事業計画の基礎資料作成を目的に平成2年から着手された。その結果、糺の森には縄文時代・弥生時代・古墳時代の遺構や遺物が発見され、その歴史の古さに驚かされた。また、従来全く知られていなかった、平安時代の流路や祭祀に伴う遺構や遺物なども確認された。

 

 

 

なかでも注目されるのは、境内を流れる流路とその水辺で行われた祭祀である。現在境内には、泉川・御手洗川・奈良の小川・瀬見の小川が存在している。

その水源は、泉川は高野川、旧瀬見の小川は賀茂川、御手洗川は御手洗池の湧水、奈良の小川は、御手洗川と泉川合流水である。なお、復元された平安期流路(旧奈良の小川)の水源は泉川の支流であったことが確かめられている。

こうした小川がいつ頃成立したかについては明らかではないが、共通していることは自然の流路のようであるが、すべて計画的に設計された人口の流路ということである。御手洗川では現在でも禊や神事が執り行われている。

平成15年に整備された平安期流路の南岸と泉川の右岸では、平安時代に祭祀を行っていた斎場が確認された。平安京内からは、水辺の祭祀に伴う遺物が数か所で発見されているが、祭祀場所は明らかでない。

 

その斎場は、建物の基礎地業とほぼ同一の工法によって実施されており、ここで執り行われた祭祀へのなみなみならぬ思いが伝わってくる。神社では、その重要性をかんがみ、この貴重な遺構を平安期流路とともに復元整備された。また昨年は、奈良殿の井戸も復元整備されている。糺の森の地下には、こうした未知の遺構がまだまだ眠っている。

 

 

 

(糺の森財団学術顧問・京都産業大学 文化学部 教授 鈴木 久男)

平成22101

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