糺の森コラムColumn

Vol.

延宝度神宮寺観音堂の復元について

下鴨神社の神宮寺は、弘仁元年 (810) の造立で、 「鴨社古図」 などによって古代における神仏習合時代の社頭の様相が伝えられています。

また、 近世以降の姿についても、 近年、 神宮寺跡の整備に伴う史料調査、 発掘調査等により明らかになってきたようです。

私も、平成二十三年度 (2011年度) 、一般財団法人建築研究協会研究員時代に史料調査の一部を担当させていただくことがありました。

また、大学勤務後は、令和二年度 (2020年度) に私の研究室に配属となった学生 (辻佐祐くん 現在は株式会社西日本模型勤務) から、 卒業制作の題材として下鴨神社神宮寺の研究を行いたいという要望を受け、 その指導に当たることとなりました。 聞けば下鴨神社の近くに住まいがあり幼少期から神社の境内が遊び場で、おじいさんも社殿の修復などに携わっていたことから馴染み深く、神宮寺跡のこともずっと気になって興味を持っており、また、建築模型を制作するのが好きであると言います。

私は、このようにおじいさんの意思を受け継いだ辻くんの志に感銘を受け、なんとか神宮寺の復元模型を作成しようと決心した次第であります。

そこで、 まずは、 史料調査を更に深め、 また、 他の神宮寺関連遺構なども調べることとしました。

調査を進めると、近世における神宮寺については、延宝六年 (1678) に観音堂、 閼伽棚、 雑舎、 雪隠、 廻塀などが新造されたときの建築に関する記録が詳細に書かれ、時代の近い類例が存在することから、延宝度に新造された観音堂の復元設計を試み、 模型で表現してみようということになりました。

 

本稿では、その復元過程について、書かせていただきたいと思います。

復元にあたって根拠とした史料として、はじめに京都学・歴彩館所蔵の「下賀茂河合社堂舎絵図」が挙げられます。

この絵図は、江戸幕府の京都御大工頭の中井家に伝わる文書の中の一つで、下鴨神社境内全体図と御蔭神社境内図が描かれたものですが、建造物の名称や配置、 形状、 規模、 柱位置、 建具の種類などが描かれていて、建造物毎に屋根葺材が色分けされています。

資料年代は未詳とされていますが、河合神社境内の建造物配置が延宝度式年遷宮以降の状況を示しており、 まれていることから、延宝七年 (1679)〜寛保元年(1741)頃の社頭景観を描いたものと考えられ、 神宮寺周辺では、池の北側に観音堂が建ち、その背後に次之間台所、雑舎、湯殿・雪隠が廊下で接続され、 西側には井土(井戸) 屋形、西雪隠、下部屋などが塀に取り囲まれている様子がわかります。 観音堂については、建具や壁などの柱間装置や天井の形式などが具体的に記入されていて、復元の根拠となりました。 (図1)

また、古文書史料として、京都大学大学院工学研究科建築学専攻が所蔵する 『賀茂県主社家文書』 「延宝六年下鴨神社造営記」があります。 その内容は、延宝六年 (1678) に下鴨神社境内外各建物の修復や新造に際しての記録で、観音堂に関しては、この時に新造され、構造形式や規模などが中井家の絵図と合致している上に、部材の寸法や屋根、建具・造作、飾り金具などの仕様についても事細かく記述されていました。

柱の太さは六尺四寸、軒の出は茅負外まで五尺一寸などの主要寸法、屋根は瓦葺きで壁は白土塗、須弥壇は擬宝珠が逆蓮という禅宗様の形状で真塗(黒色の漆塗) 、 南面の建具は蔀戸で蝉樞という金具が付いていることなどの細かい仕様も書かれていました。

この 「蝉樞」 は、大覚寺宸殿や清水寺本堂、知恩院御影堂、仁和寺御影堂など、江戸時代初期に建てられた文化財建造物にも用いられており、十七世紀後半になっても神宮寺で採用されていたことは非常に興味深いことです。

更に、乗願院本堂の調査をさせていただく機会が得られましたことも幸運に恵まれました。

この建物は、かつて上賀茂神社に存在した神宮寺観音堂で、建立年代は寛永六年(1629)と伝えられていす。 下鴨神社と同様に廃仏毀釈により廃寺となりましたが、明治二年(1869)北白川の乗願院に移築され現存しています。 今回復元した観音堂とは建立年代に五十年ほど開きがあり、移築時に増改築が施されているものの、建立当初の構造形式や規模が同等で、南面建具も蔀戸が嵌められ、須弥壇も逆蓮の親柱を持つ禅宗様であることなど共通点が多々認められました。

蟇股には葵の模様があしらわれるなど、賀茂社関連特有の細部意匠が見られたことから、今回の復元にも大いに参考になる箇所がありました。

このように、古図や古文書には書かれていない知見を得られる類例建物の存在は、非常に貴重でもあると言えるのではないでしょうか。

こうして作成した復元模型により、在りし日の神宮寺観音堂に思いを馳せていただけると幸甚であります。

なお、 この原稿作成にあたりまして、一般財団法人建築研究協会および乗願院さま、辻佐祐くんにはお世話になりました。 ここに謝意を表します。

 

京都美術工芸大学 建築学科

准教授 井上年和

 

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