糺の森コラムColumn

Vol.26

糺の森の気になる木

京都市内の平地にあって、山城盆地原植生の姿を今もなおとどめている糺の森の存在は、賀茂御祖神社(下鴨神社)が世界文化遺産に登録されることとなった所以の一つでもあると思っています。世界の植物園は近年、自国に自生の植生、特に樹木を意識して植栽・展示することを重要視し、国の遺産として大切に伝え残す管理を行う傾向にあります。糺の森は、よくよく眺めると、人の手が長く入らない状態のまま今に至っているのではなく、明らかに人の手によって植栽した樹木や鳥の種子散布により発生した樹木らが混在した構成となっていることから、私はある意味、樹木園的様相を呈した緑空間として捉えています。

境内を歩くと、そこここに気になるシンボルツリー的樹木が生立。それらと対峙し「何としても生き抜くぞ」といった生きざまの歴史を感じた瞬間、心の中で手を合わせます。

 

カツラ Cercidiphyllum japonicum カツラ科

御蔭通りと表参道の交差地点北に二本が東西に生立。

植栽してまだ年数が浅く、しっかり根付いてくれることを願うばかりですが、今後の生長が楽しみな樹木です。葉はフタバアオイに似て、葵祭には「葵桂」がいたるところに飾られます。雌雄異株。花をまだ確認していないのでなんとも言えませんが、雌雄一株ずつであることを期待します。

西にカツラ、東には珍しいシダレカツラ

 

イチョウ Ginkgo biloba イチョウ科

表参道を進み紅葉橋のたもとから左(西)方向を見ると、秋の黄葉が見事なイチョウが目に飛び込みます。河合神社が鎮座する区域の南東端に生立し、胸高直径(地上高1.2メートル位置の幹直径)は1.34m。

特徴ある枝ぶりは自然樹形に見て取れ、横方向に伸張する長枝(ちょうし)で光獲得の範囲を広げる一方、長枝から出る短枝(たんし)に付く葉で行う光合成により、樹体をより大きく生長させます。

株元には四本の後継樹が。親株が倒れても次代が何としてでも継ぐから任せておけ、との力強いDNAを感じますが、うち、西側の三本は切り株から発生しているので、なんと生命力の強い樹木なのかと驚嘆します。

 

ケヤキ Zelkova serrata ニレ科

紅葉橋のすぐ北、瀬見の小川沿いの法面肩に生立する胸高直径1.19mの個体。初めて見たとき、根張りの凄さに目が点になりました。川の流れ方向に沿って発達した巨大な板根(ばんこん)のおかげで、何十回をはるかに超えて遭遇したであろう台風にも倒れることなく、しっかり命を守り抜くことができました。どんなに強風が吹こうが絶対に倒れない、板根には強い意志が働いているように感じます。

主幹の樹皮は樹齢が高くなると、モザイク状に剥がれる特徴があります。

 

ムクノキ Aphananthe aspera アサ科

河合神社にほど近いカリン並木沿い西側に生立。

この樹木の前で足を止める人はまずいませんが、対峙してほしい。

物言わぬ樹木はタネが落ちたその場所に生涯立ち尽くし、原因は何であれいずれ果てる運命にありますが、必死で生き抜こうとする姿は、成長過程のそこここで見受けられます。

樹幹下部の心材部に腐朽が進んだこの個体、でも倒れない。取り囲んだ辺材部と樹皮組織の新たな細胞の活性化、また根も肥厚し、立ち続ける自己治癒能力を発揮します。

主幹の樹皮は樹齢が高くなると、ささくれ状になる特徴があります。

 

ツガ Tsuga sieboldii マツ科

手水舎近くに二本が生立。

樹齢は何年ほどだろうと想像しながら見入っていると、二本それぞれの壮絶な生きざまに気づきます。

前の個体は胸高直径63㎝。幹は西側に傾き、その方向にだけ枝が伸びている完全な片枝状態。邪魔のない空間を求め、西側に枝を伸ばしました。枝の先端には松ぼっくり様の球果が多くつき(だから、マツ科)、山に行かなくても観察できるのはうれしいことです。

樹高のわりに直径が小さく、強風により倒れないか心配です。

向かって右手、奈良の小川沿いの個体は胸高直径62㎝。10mほどの高さで折損。その下の三本の太い枝から幹のようになった六本の枝が太陽光を求め、見事に伸び上がっています。フォーク形の姿は上下の重量バランスがいかにも不安定に見えるので、風や雨で倒れないか心配です。

空間や太陽光を求めて繰り広げられる樹木同士のバトルに次ぐバトル。何としてでも生き続けようとの姿に、生き抜いてくれ、と願うばかりです。

 

イヌザクラ  Padus buergeriana バラ科

さざれ石の南。胸高直径19㎝。市内周辺の山でもまれにしか目にすることがないので、本種を目の前で見たときは何度も見直し、目線の高さで咲く花を観察して確信した次第です。

糺の森のどこかに生立しているかもしれないウワミズザクラと花の付き方はそっくりですが、花柄に数枚の葉が付くウワミズザクラに対し、イヌザクラは付かないので区別できます。

「平成15年4月6日、下鴨神社青年会設立記念」とあり、植栽の履歴がわかりうれしい限りですが、花のない時にも名を知りたいので、樹名表示もほしいところです。

 

オガタマノキ Magnolia compressa モクレン科

楼門東塀の南向かい。今後、生長が楽しみな樹木です。周辺の樹木を伐採した結果、日照条件が良くなり、開花・結実に良い影響をもたらすでしょう。花は春、白色、小さく上向きに咲くので気づきにくいですが、完熟果実は下垂し目立ちますので見上げて見てください、神楽舞の神楽鈴そっくりです。漢字表記は招霊木。神社になくてはならない樹木の所以です。日本に自生するこの仲間のほとんどが落葉樹にあって、本種は唯一常緑樹。

「おがたまの木 文久三年(1863)三月十一日 孝明天皇賀茂行啓 御祈願祈念御手植」の石碑。

 

ホオノキ Magnolia obovate モクレン科

橋殿の南。

すさまじい生きざまの姿を目の前に、立ちすくみ固まりました。

高さ2m付近で主幹が何らかの原因で折損。圧倒されるのは、株元から発生した六本もの新しい幹です。何としてでも生き抜こうのDNAがそうさせたとしか思えないほど、光を求め真上に伸び上がり、中でも白っぽい色の若齢の二本は、この株全体が元気だとの証拠を示しています。地表の縦横に広がる根にも注目!

落葉期、この樹木に近づくと、足元にワラジ形の大きな葉が落ちているのに気づきます。

目線を上げた先に見える枝の本数と太さは、他の落葉樹(ムクノキ、ケヤキなど)に比べ、圧倒的に少なく太く、これは大きな葉の重量を支えるための戦略だとわかります。

花は春、白色で大きく、枝先に上を向いて咲く姿はチューリップのようです。

 

ヒメコマツ・媛小松=ゴヨウマツ・五葉松 Pinus parviflora マツ科

神服殿の南。ヒメコマツとゴヨウマツは同種異名。ほかの社寺仏閣でも本種を見ますが、これほどまでコンパクトに管理された個体ははじめてです。剪定技術のみならず、株元に出る枝を切除せず、本来の自然樹形を見せていることに感服しました。ちなみに、ゴヨウマツは、一つの束から五本の針葉が発生しているから五葉の松、五葉松。思い切り近づいて確かめてください。アカマツ、クロマツは二本なので二葉松。三葉松は日本には分布しません。

この個体の前に「媛小松」の説明表示があり、名づけの由来などがわかります。

 

境内を進むと、糺の森の凛とした荘厳な雰囲気に圧倒され、気分が引き締る思いに包まれるのは、樹木一本一本が発する「そう簡単にはくたばらないぞ」、の霊気を全身に感じるからなのでしょうか、そんな気がします。

 

■ささやかな願い

主だった樹木に目立たない程度の樹名板の設置があれば、参拝者に多種多様な樹木の存在を知ってもらえまた、参拝の楽しみも増し、格調高い存在感がさらにアップすると思います。

 

京都府立大学客員教授
京都府立植物園名誉園長
松谷 茂

 

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