Vol.6
流造りの社殿と京都の町家
私は京都の町家に対する関心から建築史の分野に進みました。そこで、ちょっと強引かもしれないのですが、賀茂御祖神社(下鴨神社)の御本殿の形式である流造りと京都の町家に通底するのではないかとおもうう建築的な様態について述べてみます。
流造りの屋根は切妻造りで前面を長く葺き下ろした平入りです。流造りとともに普遍的な本殿の形式は春日大社に代表される春日造りですが、こちらは妻入りです。造形的には、正面性が強調される妻入りの方が自己完結性が強いといえます。写真②の平野神社本殿は四棟の春日造りが横に並ぶのですが、二棟づつ連結して左右両殿に棟を渡しています(比翼春日造り)。個の主張を少しやわらげて、群としての表現に傾斜した造形です。一方、流造りのなかには、正面の屋根に唐破風や千鳥破風を設けて正面性を強調するものがあらわわれます。自己主張は弱い流造りとしての工夫です。このような造形表現上の違いをもつ流造りと春日造りですが、両者はともに井桁に組んだ土台の上に本体が建っているという構造形式が共通しています。それは神輿のように動かすことが可能な仕方なのです。臨時的、仮設的な存在形態のなかに、遠い先祖から受け継いできたカミとの交感が多くの人々の共感を得たのではないかと考えられます。
民家にも平入りと妻入りがあり、平入りの代表が京都の町家です。長屋のように連続する町並みのなかに屋根に「うだつ(卯建)」のある町家が混ざっています。「うだつ」は類焼を防止するためにつくられたといわれますが、「うだつがあがらん」という言い回しが生まれた背景には、「うだつ」が個の領域を明示する装置としてはたらいたことを示唆しているようにおもわれます。
町家にお住まいの方が「仮屋建て」とか「仮屋普請」といわれることがあります。応急仮設的なとるにたらない建物だという婉曲的な物言いなのですが、そのような町家の奧には数寄屋普請のあかぬけた座敷がひそんでいるのです。北山の杉など身近な素材に精緻な技術を注入して、「仮屋」のようにさりげなく組み立てる工夫を積み重ねてきたのが京都の建築的伝統でした。
このような京都の町家を井原西鶴は「かるい」と表現しています。自己主張を抑えながら洗練された造形として結実していることに対する共感の表現であり、平入りの京都の町家が全国の都市住居の理想モデルとなったのは、横並びでいかめしさをあらわにしない造形上の均質性、同質性が大きく作用しているからではないでしょうか。
(京都工芸繊維大学名誉教授 日向 進)
平成26年10月1日