糺の森コラムColumn

Vol.9

山城原野の原植生を守り続けるために

数千年前の京都盆地は、ムクノキ、エノキ、ケヤキ中心の落葉広葉樹林に覆われていたことが、花粉分析により推定されています。しかし、京都市内の平野部は市街化され、古来の森はほぼ全て失われました。そうした中、糺の森には、ムクノキ、エノキ、ケヤキの、高さ30メートル程にもなる、目を見張る程の巨樹が数多く立ち並び、古代の山城原野の原植生の面影を、京都で唯一今なお残す、非常に貴重な場所となっています(写真1)。

 

写真1 糺の森参道沿いのムクノキの巨樹

 

ムクノキ、エノキ、ケヤキはいずれも陽樹(日向でしか生育できない樹木)です。糺の森の樹々が成長するに伴い、次第に林内は暗くなり、やがて主役が陰樹(多少日陰でも生育可能な樹木)の常緑広葉樹へと取って替わられそうになります。しかし、その度に、森のすぐ側を流れる賀茂川、高野川の氾濫が発生し、森の上層を覆う大木が何本も倒され、下層まで強い光が射し込むようになります。このような林冠ギャップ(写真2)と呼ばれる環境が、まとまった広さで形成されると、そこでは、ムクノキ、エノキ、ケヤキの幼木が順調に育っていきます。こうして糺の森では、ムクノキ、エノキ、ケヤキが中心の落葉広葉樹林の植生が維持されてきました。

 

写真2 森の上層を覆っていた大木が倒れたことにより形成された林冠ギャップ

 

しかし、昭和9年の室戸台風を契機として、鴨川の断面の拡張、川底の掘り下げがなされました。勿論、洪水が頻発しては、京都市民は安心して生活することができません。しかし、この河川改修の結果、ムクノキ、エノキ、ケヤキの幼木が育つために必要である大規模な日向が、糺の森内に形成されなくなりました。
糺の森の本来の植生、ムクノキ、エノキ、ケヤキが優占する落葉広葉樹林の姿を、今後も守り続けてゆくためには、森の現状の正確な把握が必要となります。そこで、糺の森全域において、幹直径が10センチ以上である3千数百本もの樹木について、樹種、生育地点、樹高と幹の周囲長を記録するといった、大規模な調査を定期的に行って参りました。京都大学名誉教授、京都学園大学教授の森本幸裕先生が、平成3年に初回の調査をされ、その後を引き継いで、第二回を平成14年に、第三回を平成22年に各々実施しました。こうした調査により、糺の森の植生のその時々での様子、また長期間での変化が明らかとなってきます。
また、ムクノキ、エノキ、ケヤキの巨樹の保全に加えて、糺の森の将来を見据え、これらの後継樹の育成も図る必要があります。そこで糺の森の林床(森の地表面)での、これらの樹種の芽生えの生育状況についても調査を行っています。しかし、現在、残念ながらムクノキ、エノキ、ケヤキの芽生えの生育はあまり順調ではなく(写真3、4、5)、対して、日陰に強い常緑広葉樹のアラカシの芽生えの発生が多数見られる結果となっていました(写真6)。

 

写真3 ムクノキの芽生え

 

写真4 エノキの芽生え

 

写真5 ケヤキの芽生え

 

写真6 糺の森の林床で多数見られたアラカシの芽生え

 

こうした調査を今後も継続し、それによって、この貴重な糺の森が、これからも本来の姿で佇み続けるために、有効となる手立てを見出すことができれば、と思っております。

 

(近畿大学非常勤講師 田端 敬三)

平成28年10月1日

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