糺の森コラムColumn

Vol.10

糺の森とともに守り伝えられてきた社殿 ~保存修理事業を振り返って~

賀茂御祖神社には、国宝の本殿二棟をはじめ、五十棟の国宝・重要文化財建造物があります。社殿群の多くは檜皮葺の屋根で造られており、その優美な曲線と柔らかな質感は、糺の森と一体となって自然に溶け込んだ、美しい景観をつくりあげています。
現在、文化財指定を受けている社殿の多くは寛永五~六年(一六二八~二九)に再興されたものです。それ以後江戸時代を通じ、本殿は式年遷宮に併せて造替が行われましたが、その他の社殿は今日に至るまで建て替えられることはなく、屋根葺替や部分修理を行いながら維持されてきました。なお、現在の両本殿は、幕末の文久三年(一八六三)に執り行われた式年遷宮で再興されたものです。

 

国宝東西本殿

 

このたびの第三十四回式年遷宮に伴い、平成二十一年度から平成二十八年度までの七ヶ年事業として、東・西本殿ほか二十棟の屋根葺替及び部分修理が実施されました。遡って第三十三回式年遷宮では、平成六年の両本殿の屋根葺替を皮切りに九ヶ年で二十七棟の修理が行われ、またこの二つの事業の間に、摂社出雲井於神社本殿及び岩本社・橋本社の各本殿が修理されるなど、この二回の式年遷宮にわたる平成大修理事業で、ほとんどの国宝・重要文化財建造物が修復されました。この一連の文化財保存修理事業では、京都府教育委員会が賀茂御祖神社様から委託を受け、設計及び施工監理を担当いたしました。

 

檜皮葺屋根の完成(西本殿)

 

東本殿妻飾

 

今回の保存修理事業に際し、各社殿の保存状況を調査した結果、柱や軒廻り等の化粧材(見える場所にある材)は、ほぼ建立当初の材料がそのまま使用されており、雨水が直接当たったり床下の湿気の多い箇所を除けば、現在もほとんど傷みがなく(風食等による十ミリ程度の痩せてはいますが)良好な状態であることが確認できました。
このように三百九十年近くを経てもなお健全である理由は、大きくふたつ考えられます。
ひとつは、使用されている木材が、一ミリほどの細く詰まった年輪幅で、木目もすっきり通った素晴らしい上質のものであることです。このような木材は、樹齢数百年以上は経った樹木からでないと採れない貴重なもので、それらを用いることによって木の狂いや痩せが非常に少なく、建物の構造主体がしっかりと維持されてきたのです。

 

言社柱修理材の墨書

 

三井神社拝殿獅子口刻銘(寛永六年)

 

もうひとつは、式年遷宮という祭礼に伴い、屋根の葺き替えや適切な部分修理が定期的に施されてきたからです。檜皮葺は、厚さ一・五ミリの檜の樹皮を約六十枚葺き重ねたもので、風雨により表面の皮が順番に溶けて失われるため、数十年毎に葺き替える必要があります。しかし、これを怠ると建物内部に雨水が浸透し、柱や梁などの主要な木部まで腐朽や破損を起こしてしまい、最終的には建て替えざるを得なくなります。賀茂御祖神社では、江戸時代の再興後では平均すると約三十年毎に、明治以降も一定の期間ごとに遷宮が実施されてきたことが、建物の維持にとって非常に有効であったと思われます。

 

下鴨神社社殿群

このように賀茂御祖神社の社殿群が、建立後約三百九十年経た今日においても、当初の柱を使用しつつ美しく保ち続けることが出来ているのは、自然の素材を知りそれらを巧みに利用しながら自然と共存していく技術を作り上げ守り伝えてきた、先人の知恵と努力があったからこそです。そしてこれらの知と技が込められた社殿群は、まさに日本の文化を物語る財産、文化財であると言えます。

 

(京都府教育庁指導部文化財保護課 建造物担当課長 鶴岡 典慶)

平成29年3月31日

 

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